「ホテル業界」と聞くと、フロントや厨房など限られたイメージしか湧かない学生も多いのではないでしょうか。実はホテルの仕事は幅広く、宴会場の運営やブライダル、さらには地元コミュニティの受け皿になるなど、多様な活躍が期待されています。
そこで今回は、地元に根差した“シティホテル”を統括する総支配人に、学生リポーターがインタビューを行いました。アルバイトからスタートし、現場を知り尽くしたからこそのエピソードや、ビジネスホテルやリゾートホテルとは異なる“シティホテル”の楽しさ・奥深さを存分に語っていただきます。「ホテルで働くって実際どんな感じ?」という疑問がきっと晴れるはずです。

ホテル業界との出会い:まさかの“タウンページ”スタート
本日はよろしくお願いします。まず、総支配人がホテル業界に入られた経緯を聞いてもいいでしょうか? もともとホテルに憧れていたんでしょうか?
いえいえ、実はまったくそんなことはなくて(笑)。大学時代はコンビニやお弁当屋さんでバイトをしていました。最初は夜勤のシフトが多かったり、時給が思ったより伸びなかったりと、悩みどころが多かったんです。周りの友人も同じようなアルバイトをしていましたが、あるとき仲の良い友人が「ホテルのバイトって、いろんな人と会えて面白いよ」と話してくれて。
当時はまだネットや求人サイトが今ほど充実していませんでしたから、タウンページを開いて、「ホテル」の欄を片っ端から調べたんですよ。今の若い人には想像つかないかもしれないけど、当時はそれが当たり前の探し方でした。実際に電話をかけてみたら運よく面接OKが出たのが今のホテルで、「宴会場のサービススタッフ」募集とのこと。華やかな印象もありましたし、裏方にどんな仕事があるのか興味が湧いて、飛び込んでみたんです。
なるほど、そんな偶然の出会いだったんですね。コンビニや弁当屋をやめてまでホテルに挑戦するということ、やはり少なからず魅力を感じたわけですよね?
そうですね。「違う世界を見てみたい」という好奇心がいちばん大きかったと思います。同じ接客業でも、コンビニとはまったく違う雰囲気があるだろうし、宴会や結婚式なんてキラキラしたイメージがあるじゃないですか。実際に面接を受けたら、採用担当の方もすごく楽しそうに「うちは本当に色んなイベントがあって飽きないよ」とおっしゃっていて、「これなら自分でもやっていけるかも」と思えたのがきっかけですね。
具体的には、どんなふうに採用が決まったんですか?
そうですね。面接と言っても、ホテルのロビーの一角で雑談っぽく話をして、「週末に結婚式のバイトをしてみない?」といった感じでした。そこで「じゃあ次の土曜日に来てみてよ」と、ほぼ体験入店に近い形でスタートしました。今でいうOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)みたいなものですね。周りの先輩は当たり前のように動いていて、最初は右も左も分からない状態でしたが、なんだかワクワクしていたのを覚えています。
バンケットサービスの現場:オーダーメイドの醍醐味
実際に働き始めてみて、最初に衝撃を受けたのはどんなところでしたか? 結婚式や企業パーティーなど、表向きは華やかですが、裏方は大変そうですよね。
そうですね、まずは「一日にこんなにイベントが詰まるのか!」という驚きでした。午前に結婚式、午後に企業のセミナー、夜にディナーショー……なんてスケジュールになると、同じ宴会場が1日にガラッと何度も変わるんです。椅子やテーブルを全部入れ替えて、クロスの色も替えて、装花も別のイメージにして、と。
あと、一度イベントが終わったらすぐ次の準備に取りかかるので、モタモタしていたら間に合わないんですよ。慣れてくると、次のイベント内容を頭に入れながら作業できるようになるんですが、最初はもう必死でしたね。「この花はどこに運ぶの?」「あのテーブルは全部どかすの?」「え、この椅子まだ使うの?」って(笑)
聞いただけでもバタバタが目に浮かびます。イベントごとに雰囲気も全然違うので、作り方も違うんですよね。
そうなんです。“オーダーメイド”という言葉がピッタリで、特に結婚式なんかは新郎新婦のこだわりも強いですから、「この色をメインにしたい」「こういうイメージで飾りたい」というリクエストに応えるのがやりがいでもあり、大変なところでもあります。企業パーティーや記念式典は、会社のカラーやイメージを崩さないように配慮したり、スケジュール通りに進行できるかどうか、司会や音響スタッフと連携したり――本当にチームプレーが大事。
ただ、その分「終わったあとの達成感」はすごいですよ。たとえば夜のディナーショーが無事に終わり、ゲストが喜んで帰られるのを見送った瞬間、「よし、やり切った!」とホッとする感じがあります。
まさに“毎日が文化祭”みたいなノリですね。大がかりなイベントをゼロから作り上げ、終わったら片づけて、また次へ――。
近いかもしれません(笑)。でも文化祭よりもっとプロ意識が求められますし、お客様へのホスピタリティが欠かせません。ちょっとしたトラブルがあっても「すみません」のひと言で終わらせるわけにはいかないですからね。そこをどうフォローして、どうリカバリーして、最終的にお客様が満足できる形にするか。派手な装飾や料理に目を奪われがちですが、その裏には地道なコミュニケーションと調整があるんです。
シティホテルの特徴:街のリビングとしての役割
宴会場でのエピソードを聞いていると、ホテルというより“イベント会場”に近い印象を受けます。でも、そちらは“シティホテル”として宿泊のお客様もいるわけですよね。具体的にどんなお客様が多いのでしょう?
うちの場合は、地元の方が本当に多いです。もちろん観光やビジネスで泊まる方もいらっしゃいますけど、全体の売上を見たときに「宴会やレストラン利用」がかなりの割合を占めるんです。まさに“街のリビング”と呼べるような場所ですね。
たとえば地元企業の忘年会や新年会を毎年うちで開いてくださったり、家族の記念日にはレストランでお食事をされたり。散歩のついでにラウンジで一息つく近所の方もいれば、結婚記念日に「あの頃を思い出して……」と夫婦で宿泊する人もいる。そうやって、生活の中に自然とホテルが溶け込んでいるんです。
確かにビジネスホテルでは考えにくい光景ですよね。地元の人がふらっと来るイメージはあまりありません。
ビジネスホテルは大抵、駅前や繁華街に立地していて、客室は機能的だけど宴会場は持っていない、というところが多いですから。シティホテルはそもそも“街の社交場”として計画されているので、広いロビーや複数のレストラン、ラウンジなんかが充実しているんです。歴史が長いホテルならなおさら、地元の人にとって思い出深い場所でもあるし、「とりあえず困ったらホテルに相談してみるか」と思っていただけるのはありがたいですね。
そうした地域とのつながりは、コロナ禍でも大きな支えになりました。遠出を控える中で「じゃあ地元のホテルでゆったりしよう」と思う方が意外と多くて、地元需要が盛り上がった時期もあったんです。
確かに、地元の人が日頃から利用できるホテルがあるのって素敵ですね。華やかなだけじゃなく、日常にも溶け込んでいるというか。
そうなんです。シティホテルはそこの幅が広いと思います。「ちょっと贅沢をしたいとき」「大事なお客様をもてなしたいとき」「記念日に家族を連れて行きたいとき」など、いろんな目的で来てくださる。一方、台風が接近したらホテルに避難してくる人もいますし、受験シーズンには勉強するために利用する学生さんもいる(笑)。そういう意味では、本当に街の暮らしに密着している場所なんですよね。

ブライダルから法人宴会まで:多様なイベント対応とVIPのおもてなし
宴会場の話に戻りますが、結婚式以外にも本当にいろいろなイベントがあるんですね。法人需要については、どんな例がありますか?
企業の記念式典や表彰式、株主総会、新商品の発表会、行政関連の会合・セミナー、政治家のパーティー、地元団体の総会……本当に多岐にわたります。政治家の方が来られるときは、車寄せから受付までの導線をあらかじめ決めて、他のゲストと鉢合わせしないように調整する必要もあります。会社の規模が大きければ、数百名規模の社員が集まることもあるし、祝賀パーティーでは余興や映像演出が入ることも多いですね。
また、業種によって求められるスタイルが違うのも面白いところです。例えば会社が社員総会を開く場合、ステージにはプロジェクターやスクリーンが必要だったり、会場の真ん中に商品を置いてプレゼンテーションをしたいという要望が出たり。私たちは「どうやったらその企業のカラーを最大限生かせるか」を考えながらレイアウトします。
なるほど。それだけイベントの幅が広いと、スタッフには相当な柔軟性が求められそうですね。急な変更にも対応しないといけませんし……。
そうなんです。時間変更やゲスト数の増減、VIPの到着時間がずれる、機材トラブルが起こるなどは本当に日常茶飯事で、それをカバーするのが私たちの仕事。「こうなるかも」と想定して準備しておくのはもちろん、想定外の事態にも慌てず対応できる冷静さが求められます。
ただ、この“想定外の緊張感”こそが、ある意味、面白さでもあるんですよ。チーム全員が一丸となってベストを尽くし、無事にイベントをやり遂げたときの達成感は大きい。特にVIPのお客様をお迎えする場面では、少しピリッとした雰囲気になりますが、そこをうまく切り盛りできるのがプロのホテルマンの力だと思いますね。
キャリアアップとホテルの未来:数字管理・インバウンド・地域への貢献
今は総支配人としてホテル全体をまとめていらっしゃいますが、数字管理やスタッフ育成など、総支配人として意識しているポイントはありますか?
「地域とともに生きる」というビジョンを全員に共有していることですね。どうしても企業としては売上を伸ばさなければいけませんし、インバウンド需要などを狙って海外向けに宣伝をする手もあるんです。でも、そればかりに注力すると地元のお客様が居心地悪くなるかもしれない。
一方で、地元のお客様だけにフォーカスしすぎると今度は新しいビジネスチャンスを逃してしまう。だから「地元客 70%・県外客 30%」とか「平日は法人利用を伸ばし、週末はブライダルや地元イベントを重視する」とか、日々いろんなパズルを組み合わせながら運営している感じですね。スタッフには「お客様の声を吸い上げて、どうやってバランスを取るか」を常に考えてもらっています。
多角的な事業を同時に運営するからこそ、全体最適を図るのが難しいんですね。
ちなみに総支配人が若手スタッフを見るとき、どんな成長プロセスを期待していますか?
やはり「自分から動いて学ぶ姿勢」を大事にしてほしいです。例えばバンケットの現場を数年経験してみたら、今度は宿泊フロントに移って対個人のお客様とのコミュニケーションに挑戦してみるとか、料飲部門でレストランのサービスやメニュー企画に携わるとか。ホテルの中でもいろんなキャリアがあるんですよ。
資格試験を受けるのもいいですね。レストランサービス技能検定の1級や英語系の資格、あるいはソムリエ資格など、学ぼうと思えばいくらでも幅が広がる世界ですし。私も30歳までにこれ、40歳までにこれをやる――と目標管理を決めてステップアップしてきました。最初から「将来ホテルの総支配人をやりたい」なんて大きな目標を持つ人は少ないですが、やっていくうちに「意外と自分に合ってるな」と思えるポイントが出てくるはずです。
なるほど。“働きながら学び、学びながら成長し続ける”のがホテル業界なんですね。
はい。日々新しいイベントやお客様が訪れるから、「昨日と同じ」なんてことがほぼないんです。そこに疲れる人もいるかもしれませんが、刺激を求める人にとっては最高の環境だと思いますよ。
ホテルのモチベーション:一生に一度の特別と、日常の安らぎ
コロナ禍の話に少し触れたいのですが、ブライダル需要が大きく落ち込んだ一方で“少人数ウェディング”などが増えたと聞きます。実際、どのような変化があったのでしょう?
そうですね。大人数を集められなくなった時期が続いたので、「家族や親しい友人だけでコンパクトに式をしたい」「盛大に披露宴をするのは諦めたけど、せめて形だけは残したい」というニーズが増えました。結果的に、ホテル側も柔軟にプランを組むようになりましたね。例えば宴会場の半分だけを使って、装花や演出は最小限だけど料理の質を上げるとか。
新郎新婦さんも「本当に大切な人だけに囲まれたアットホームな時間だった」と喜んでくださるケースが多かったです。ただ、大型ブライダルが無くなった分、ホテルの売上的には厳しかったのも事実ですね。そこを地元の宿泊プランやレストラン企画で補った形です。
コロナ禍を乗り越えるために、ホテルもいろいろ工夫したんですね。地元利用が増えたというのは、まさに“街のリビング”らしさが発揮されたのかなと感じました。
そう思います。日常的に親しんでいるホテルだからこそ、「家から近いし、安心して泊まれる」という心理が働いたのかもしれません。何か特別なことがあるときに使うだけじゃなく、ちょっとした気分転換にもなるのがシティホテルの良いところですよね。遠方に行きづらいなら、地元で非日常を味わおう、と。
また、台風や災害が予測されるときに「ホテルに避難しておこう」と思っていただけるのも、ある意味では信頼の証だと思っています。インフラとしての役割も果たせるのがホテルの強みですよ。

これからのホテルで働く人へ:「人と人」の仕事を楽しもう
では、改めてホテル業界を目指す学生たちへのメッセージをお願いできますか?
まずは「人と人のつながり」が好きな人に向いている仕事だと伝えたいですね。ホテルにはマニュアルがたくさんありますが、最終的には“人としてどう振る舞うか”が問われる場面が多いんです。特に宴会場やブライダルでは、一生に一度の瞬間をお手伝いすることがあり、そこでは機械的な対応ではなく、お客様の気持ちを汲み取る優しさや思いやりが求められます。
また、業態によってカラーが大きく異なるのもホテル業界の面白いところ。ビジネスホテルなら回転率と効率重視、リゾートホテルなら滞在型のホスピタリティ重視、シティホテルなら地元への貢献や多角的な宴会ニーズへの対応……といった具合です。自分が何にワクワクするのか、どんなお客様と接したいのかを考えてみるといいでしょう。
確かに、旅館や外資系ホテルなども含めて、多様な選択肢がありますよね。アルバイトやインターンで実際に現場を覗く機会は大きそうです。
そう思います。私もアルバイトからスタートしましたし、最初は「なんとなく楽しそう」くらいの気持ちでした。でも実際に現場の雰囲気を味わうと、「こういう裏方仕事があるのか」「こんなふうに人が動いてるのか」と発見が多くて、自然とのめり込んでいったんです。
やってみないと分からない魅力がたくさんある仕事なので、もしホテルにちょっとでも興味があるなら、恐れず飛び込んでみてほしいですね。そこから総支配人やマネージャー、あるいはブライダルプランナー、営業職など、いろんな道が開けてきます。就活というと身構える人もいるかもしれないけど、「面白そう」という気持ちは大事だと思いますよ。
お話を聞くうちに、ホテルのイメージがだいぶ変わりました。フロントと厨房くらいしか知らなかったけど、こんなに多面的だとは……。本日は貴重なお時間をありがとうございました!
いえいえ、こちらこそ。みなさんの就職活動がうまくいくことを願っていますし、いつか同じホテル業界でご一緒できたらうれしいですね。ぜひ頑張ってください!
華やかな挙式や大規模パーティー、地元の常連さんが気軽に集まるラウンジから海外のVIP対応まで──シティホテルの仕事は想像以上に幅広く、まさに“街の社交場”として機能していることがわかりました。
総支配人が語るように、ホテル業は“人との対話”を通じて自分自身も成長できる舞台。数字管理や設備投資も大切ですが、“お客様とスタッフが一体となってイベントや日常を作る”ところに大きなやりがいがあるのでしょう。就職先選びに迷っている学生の皆さんは、ぜひホテルという選択肢を視野に入れてみてはいかがでしょうか。何気ない一言が、人生を変えるきっかけになるかもしれませんよ。