「金属を加熱する仕事」と聞いて、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?燃え上がる炎、火花を散らしながら作業する職人──そんな“溶接の現場”を想像する人も多いかもしれません。でも実際はそうではなく、火ではなく電気の力で温度を精密にコントロールする現場なのです。今回お話を伺ったのは、金属を100度から1200度まで自在に加熱し、構造物の品質を支える「加熱のスペシャリスト」ともいえる熱産ヒート株式会社・川口社長です。2人の学生レポーターが専門性の高い業界の魅力や、社長ご自身のキャリアストーリー、社員の夢を後押しするユニークな取り組みまで、深掘りしていきます。

業界の知られざる舞台裏―加熱のスペシャリストとは?
今日はよろしくお願いします!御社の事業内容って、学生にはあまり馴染みがないと思うんです。金属を“加熱する”って、どういうことをされているんですか?
こちらこそ、よろしくお願いします。うちの仕事を一言で言うなら“加熱屋”ですね。お客様は、発電所とか橋、船をつくっている企業さんが多いですね。そうした構造物に使う金属を溶接するときに、適切な温度に加熱して品質を保つのが私たちの役割なんです。
金属って、温めることでそんなに性質が変わるものなんですか?
ええ、大きく変わりますよ。たとえば、金属と金属を溶接する場面を想像してみてください。冷えたままの金属にいきなり熱を入れると、割れやすくなったり、強度が落ちたりするんです。だから、溶接の前に“余熱”をしておく必要がありますし、溶接した後も、すぐに冷まさずにゆっくりと温度を下げる“焼鈍(しょうどん)”という処理をします。
なるほど……そういう“見えないところ”の工夫が、構造物の安全を守ってるんですね。
まさにそのとおりです。『この金属を200度にしてほしい』『この空間全体を500度にしたい』といった要望を受けて、専用の加熱装置を設計・製造していきます。対応できる温度帯は100度から1200度まで、幅広いですね。
100度と1200度では、かなり差がありますね……その調整って難しくないですか?
高温になるほど難しくなりますね。たとえば、鉄を650度で処理するか700度で処理するかで、強度や変形の仕上がりにまで影響するんですよ。特に、船の外装に使われるような薄い鋼板だと、温度が少し違うだけで歪みが出ることもあるので、ほんの数十度の違いにも神経を使います。
ということは、製品の形や素材によって、装置の設計も毎回違うんですか?
そうですね。既製品で対応できる場合もありますが、特殊な形状や精密な温度制御が求められる場合は、ゼロから装置を設計することになります。
それって本当に“特注”みたいな感じですね。
サイズも温度も材質も、お客様によって条件が異なるので、毎回オーダーメイドでつくる感覚に近いですね。
それって、技術だけじゃなくて、発想力とか柔軟性も問われる仕事ですね。
そうなんです。たとえば、お客様が加熱したいものがパイプなのか箱型なのかといった形状や、重量の違いによって、必要な熱量もヒーターの配置も大きく異なります。だから、設計にも経験と知識が欠かせないんです。
そんなに重要な技術なのに、あまり表には出てこない分野なんですね。
うちの仕事は“目立たないけど必要不可欠”。黒子的な存在かもしれませんが、安全性や品質を支えるために、私たちの技術が活きているんです。
「炎より、電気。」加熱の常識を変える技術とは?
さきほど、“加熱装置を設計する”というお話がありましたけど、具体的にはどんな方法で金属を温めているんですか?
加熱の方法には大きく分けて2つあります。ひとつは、火を使う“ガス加熱”の方法。そしてもうひとつが、うちが専門にしている“電気ヒーター”を使った方法です。
なるほど。火を使う方が一般的なイメージがありますが、電気ヒーターを選んでいるのはどうしてなんですか?
火の加熱って、職人技が問われるんですよ。火の中でも、芯の部分と外側で温度が違っていて、どこにどう火を当てるかで仕上がりが変わる。しかも風の影響も受けやすいし、工場によっては火気厳禁の場所も多いので、リスクが高いんです。
確かに、火を扱う現場って安全面でも神経を使いそうですよね。
そう。それに火を使えば当然、CO2も出ますよね。うちの電気ヒーターは、火を使わずに安定した温度を保てるし、CO2も出ない。品質と環境、どちらの面から見ても、電気加熱の方が今の時代に合っていると思っています。
じゃあ、環境への配慮という意味でも、電気ヒーターは有利なんですね。
その通りです。例えば、SDGsって最近よく言われますよね?企業としても“環境負荷を減らす努力をしているか”という視点で見られる時代になってきました。だから、うちも“火を使わずに熱をつくる”という点を強みにして、お客様にも選んでもらっているところがあります。
安定した温度っていうのも、品質管理には重要なんですか?
ものすごく重要です。火を使った場合って、どうしても温度にムラが出やすいんですよ。でも電気ヒーターなら、設定した温度に正確に合わせられる。一定の温度で、均一に加熱できるというのは、品質を守るうえで欠かせないポイントですね。
温度って信頼にもかかわるんですね。
実際、『温度にムラがあると困る』とか『データでちゃんと記録を取りたい』といった声は多いです。だから私たちは、温度の記録も紙でしっかり残して、“きちんとこの温度で処理しました”と証明できるようにしています。
紙で残すって、今でも多いんですか?
はい。電子データだと“改ざんの可能性がある”と判断される現場もあって。だから、今でもチャート紙に“点線”で温度を記録することもあるんです。お客様が求める信頼って、必ずしも技術そのものだけじゃないんです。
なるほど……あえてアナログな方法を選ぶことで、お客様からの信頼につなげているんですね。
そうなんです。だから私たちは、技術の進化を追いながらも、現場が求める信頼性や安心感とのバランスを大切にしているんです。このバランスが、長く選ばれる理由なんじゃないかなと思いますね。
“電気で加熱する”って、最初はすごくシンプルな話かと思っていました。でも、ものすごく奥が深いんですね。
そう言ってもらえると嬉しいです。火を使わないぶん安全で、安定していて、環境にもやさしい。電気ヒーターでの加熱には、今の時代に求められる価値が詰まっていると思っています。

社会を支える、知られざる現場のプロフェッショナルたち
加熱の技術が、実際にどんな場面で使われているのか気になります。具体的には、どういった現場で活躍しているんですか?
たとえば、造船や発電所、風力発電の設備が代表的ですね。最近では洋上風力発電のプロジェクトにも関わっていますよ。
洋上風力って、海の上に立っている大きな風車ですよね?あんなに巨大なものにも使われてるんですか?
そうなんです。あの巨大な風車を支えている太い支柱の金属も、うちの加熱装置で処理されていることがあるんですよ。海中は水圧がかかり、腐食などのリスクも高いので、溶接前にしっかり予熱しておくことがとても重要です。
なるほど……水中で使う金属には、特別な強さが求められるんですね。
その通りです。溶接部分にひび割れが入ると大事故になりかねないので、処理は本当に重要です。例えば、厚みが40ミリ以上ある分厚い鋼材を扱うときは、500度以上の余熱が必要なんですよ。
分厚い金属を500度にするって、想像するだけで大変そうです……!
大変ですよ(笑)。現場での施工も、ただ装置を置いて終わりじゃなくて、ヒーターを貼って、温度を測って、記録をとって……全部手作業で確認しながら進めていきます。
社内で完結するというより、実際に現場に行って対応することもあるんですか?
もちろんありますよ。むしろ、“現場でしかできない”仕事の方が多いかもしれません。たとえば、大きな金属パーツを組み立ててから加熱しないといけないケースや、作業の一部だけを現場で行うようなケースです。
現場って、どんな雰囲気なんですか?
夏はとにかく暑いですね(笑)。加熱中の装置は外側こそ触れる温度になってるけど、周りの空気は熱気でむんむんしてます。でも、ちゃんと断熱して設計してるので、危険なほどではないですよ。
安全面の配慮もされてるんですね。
はい。安全第一です。たとえば作業者が近くで監視していないといけない工程では、ずっと装置の前に張りついて温度の記録を見守ります。いずれは遠隔でできるようにもしたいと思っていて、今、社内で開発を進めているところです。
最前線で技術が使われてるって、すごいことですね。スケールが大きくて驚きました。
実は、さまざまな現場で活躍しているんですよ。たとえば、護衛艦や豪華客船の製造現場でも導入されています。実は、某有名な大型船の溶接後の“歪み取り”に、うちの装置が使われてるんです。
えっ、あの有名な船にも?それはすごい!
そういう大きなプロジェクトに関われるのは、やっぱり誇りになります。船だけじゃなく、発電所の巨大な部品とか、橋梁、地下トンネルの掘削機のパーツにも関わってますよ。
そんなところにも関わっているんですね……!見えないところで、社会を支えているんだと改めて感じました。
ありがとうございます。 “いないと困る”存在だと感じてもらえるように、ひとつひとつの現場に向き合っています。
「理系じゃなくても活躍できる」文系出身社長のリアル
お話を聞いていてすごく専門的だなと感じるんですが……社長はもともと理系だったんですか?
いやいや、実は私、文系出身なんですよ。大学では法学部でしたし、最初に就職したのも印刷会社でした。
えっ、全然違う業界ですね!どうして今の会社に?
もともと父がこの会社をやっていて、“営業向きなんじゃないか?”って声をかけられたのがきっかけですね。当時は正直、加熱とか溶接とかまったくわかっていなかったです。
じゃあ、入社してから勉強していったんですか?
そうです。最初の仕事はカタログ作りでした。装置の写真を撮ったり、社内の人に特徴を聞いたりしながら、ひとつひとつ覚えていきました。わからない言葉だらけでしたが、その都度調べて、聞いて、だんだん理解していった感じですね。
その経験が営業にもつながっていったんですか?
ええ。“この装置はこういう特徴がありますよ”ってお客様に説明できるようになると、自信にもなっていきましたし、実際に話を聞いてもらえるようにもなりました。技術の詳細は技術担当に任せるとしても、“どう伝えるか”は営業の役割ですからね。
文系でもしっかり活躍できる余地があるんですね。
もちろんです。うちの営業はほとんどが文系出身ですよ。前職がまったく違う業界だった人も多いです。技術がわからなくても、まずは“人と関わることが好きかどうか”が大事だと思います。
たしかに、お客様の要望を引き出すには、会話力が必要ですもんね。
営業って、結局“相手の課題を見つける仕事”なんですよ。だから、技術の知識よりも、きちんと話を聞ける人、相手の意図をくみ取って整理できる人が向いていると思います。
なんだか安心しました……(笑)。理系じゃないと働けない業界だと思っていました。
そう思われがちなんですけどね。でも、実際は文系でも十分活躍できますし、むしろ文系的な視点があるからこそ、お客様に寄り添った提案ができることもあるんですよ。
でも、社長はその後、経営までされるようになったんですよね?
そうなんです。営業として10年ほど経験を積んでから、結婚・出産を経て、復帰したタイミングで経営に携わるようになりました。34歳の時に取締役社長になって、そこからさらに5年後に代表権を持つようになりました。
営業経験がそのまま経営にも活きたんですね。
はい。長くお付き合いしていたお客様が、現場のキーマンになっていたりして、信頼関係がそのまま経営にもつながりました。自分自身も営業の頃から、ただの“技術に詳しい人”ではなく、“現場とお客様の間をつなぐ人”としての役割をずっと意識していました。
社長が“現場感”を持っているのって、すごく頼もしいですね。
ありがとうございます。経営って、もちろん数字も大事なんですけど、現場を理解しているかどうかで判断が変わることも多いです。だから、文系か理系かよりも、“現場にちゃんと向き合えるか”の方がずっと大事だと思っています。
社員の夢が現実に。“万博出展”を叶えた会社の挑戦
これまでのお話から、社長ご自身の行動力や経験が今の会社を支えていることがよく伝わってきました。社員の皆さんと一緒に何かをつくる、みたいな取り組みもされているんですよね?
はい、実は“ドリームマップ”っていうワークショップを、社内で取り入れているんですよ。社員それぞれが“自分の夢”や“会社の未来”を自由に描いて、一枚のマップにするという取り組みです。
えっ、会社で“夢”を描くんですか?それってすごく面白そうですね。
そうなんです(笑)。私自身がこのツールに出会ってすごく影響を受けたんですよ。頭の中にあるモヤモヤや“こうなりたいな”っていう思いを、紙の上に描いていくと、自分でも気づいていなかった気持ちが整理されていくんです。
それを社員の皆さんと一緒に?
そうです。2018年に社内で初めて実施して、チームに分かれて“会社の未来”を描いてもらったんです。すると、その中のひとつに『2025年の万博に出展する』っていう夢が出てきて。
万博に!?すごいスケールの夢ですね…!
私も最初は“ほんとにできるの?”って思いましたけどね(笑)。でも、その夢をきっかけに、“どうすれば出られるのか”を本気で調べて、そこから少しずつ動き出しました。
実際に万博には出展されるんですか?
はい。今年の9月に、3日間だけですが出展が決まりました。SDGsや未来のエネルギーをテーマにしたブースで、うちが今取り組んでいる“熱を電気に変える”技術を紹介します。
すごい……本当に夢が実現したんですね。
最初はアイデアだったものが、仲間と描いて、少しずつ形にしていく中で現実になった。だから私は“夢って口に出したもん勝ち”だと思ってるんです。
確かに、口に出すことで実現に近づきそうですね!そうやって思いを共有できると、自然と前向きな空気が広がっていきそうです。
そうなんですよ。“この会社でこうなりたい”って思える人が増えると、自然と行動が前向きになるし、会社全体の雰囲気もよくなります。それに、夢を語り合うって、すごくポジティブな時間なんですよね。
でも、ビジネスの現場って、“成果”や“利益”が優先されがちだと思うんです。そういう中で“夢を描く”時間をつくるのって、なかなか難しいのではないですか?
確かにそういう面はあります。でも、現場が忙しいからこそ、立ち止まって“自分はどうしたいか”って考える時間が必要なんです。うちでは、いずれ社員一人ひとりが“生きがいマップ”を描ける機会もつくっていきたいと考えているんですよ。
社長ご自身も、そういう“夢を描く”ことを今も続けているんですか?
もちろんです。私は今、“夢を応援する事業”をつくりたいと思っているんですよ。情熱とか熱量を可視化して、人の夢を後押しできるような仕組みを、自分の手で形にしていきたいですね。
まさに“熱”を生み出す会社から、“人の熱”を支える事業へ、という感じですね。
そう。だから“熱産ヒート”っていううちの社名に、“情熱”の意味をもう一つ加えられたらいいなって思ってるんです。

熱を電気に、夢を力に。熱産ヒートが描くこれからの10年
社員の皆さんと夢を共有して、万博への出展も実現されて……会社としてすごく勢いを感じます。これから先に目指していることって何かありますか?
そうですね。やっぱり今後は“熱を無駄にしない技術”にもっと力を入れていきたいですね。具体的には、“熱を電気に変える”という熱電発電の研究を進めているところです。
熱から電気?なんだか近未来な技術ですね……!
ちょっとSFっぽいですよね(笑)。でも、実際に技術は存在していて、うちも今、パートナー企業と一緒に装置の開発を進めています。これがうまくいけば、工場の排熱をエネルギーに変えて、電気として再利用することができるんですよ。
それが実用化されたら、すごくエコですね!
そうなんです。今までは“捨てていた熱”を価値に変えられる時代が来ている。しかも、それができるなら、うちのような加熱技術の会社が持つノウハウが、エネルギーの世界でも活かせるかもしれないと思ってるんです。
加熱から電気へ……まさに“第二のフィールド”ですね。
そうなってくれたら嬉しいですね。もちろん、すぐにすべてが形になるわけではないけど、技術開発ってまず“やってみる”ことから始まるので。
万博での出展もそうでしたもんね。“言ってみたことが現実になる”っておっしゃっていたのが印象的でした。
ありがとうございます。あとは、“次の世代にどうバトンを渡すか”ということも、私の中では大きなテーマです。
バトンというと……社長の後継、ですか?
そうですね。私は今51歳で、60歳くらいをひとつの区切りと考えています。その間に、次のリーダー候補を見つけて、じっくり育てていきたいと思っているんです。
それは社内から選ばれる予定なんですか?
基本的にはそうですね。でも、“経営を担いたい”という意志があるかどうかが大事。だから、今のうちから社内のメンバーに、“会社のこれから”を一緒に考える機会を増やしています。
社長が直接育てていくんですか?
もちろん私だけじゃなく、周囲の経験豊富な社員たちとも連携しながらですけど、私は“経営者としての在り方”を伝えていきたいですね。数字の見方や意思決定の軸、どうすれば人が動くか……そういう感覚って、時間をかけて身につけていくものなので。
そういう姿勢が、会社全体にいい影響を与えているんですね。
嬉しいですね。私は“人が育つ会社”がいちばん強いと思っていて。技術も設備も大切だけど、最終的に現場で動くのは“人”ですから。
“技術”と“人”の両方を育てながら、これからの世代の夢まで見据えているというお話に心動かされました。
ありがとうございます。最終的には、私自身の夢でもある“夢を応援する事業”をかたちにしたいという思いもあって……たとえば、カフェバーのような空間をつくって、若い人が夢を語れる場を提供したいと思っているんですよ。
えっ、カフェバーですか?それは意外です!
ふふっ、よく言われます(笑)。でも“熱産ヒートの社長”としての仕事をきちんと果たしたあとに、“応援する側”として何か新しい形で人と関わることで“人の熱”を支える仕事ができたらいいな、と思っています。
最先端のインフラを陰で支える「加熱」という技術。その仕事は、決して派手ではないかもしれませんが、社会にとってなくてはならない存在です。文系出身の社長が現場に寄り添いながら経営を担い、社員とともに夢を描き、実現へと歩む姿からは、仕事のやりがいや可能性がリアルに伝わってきました。技術を磨くだけでなく、人の“熱”を大切にする会社・熱産ヒート。その現場には、未来を動かすエネルギーが確かに流れています。