「ノルマなし。でも、成績は上げる」──そんな信念を掲げ、地域に根ざした学習塾を40年以上にわたって運営してきた教育者がいます。
生徒一人ひとりと真剣に向き合い、家族ぐるみで塾を支えてきたこの場所には、“育てる”という仕事に対する揺るぎない姿勢がありました。
今回は、2人の学生がその塾を訪れ、現場で実際に起きていることや、教育という仕事のリアルに迫りました。
「人の役に立つ仕事がしたい」──そんな想いを持つ人にとって、働く意味を見つめ直すきっかけになるはずです。

看板もない教室から、地域に根ざす塾へ
まずお聞きしたいのですが、この塾って、どんな経緯で始まったんですか?
もともとは父が立ち上げた塾なんです。昔、父は神戸製鋼に勤めていて、科学者として働いていました。でも当時、公害の問題が深刻になっていて、「このままじゃ日本の未来が危うい」と感じたそうなんです。それで会社を辞めて、「教育の力で社会を変えたい」って、塾を始めたんです。
科学者から塾の先生って、すごい決断ですね…。
そうですよね。当時は本当に珍しかったと思います。母は高校の先生をしていたんですが、父と一緒にこの塾を始めることになって。最初は近所の子どもを数人集めて、家の一角で教えるような小さな教室でした。
今の塾からは想像できないです…。
そうですよね。看板もない、教材も手作り、経理も全部自分たちで。授業が終わったあと、母がタイプライターで漢字ドリルを作っていた姿をよく覚えています。
まさにゼロからのスタートですね。そこからどうやって今のような形に?
少しずつ生徒が増えて、教室も増やしていきました。でも人を雇う余裕もなかったので、家族が自然と手伝うようになって。母だけでなく、妹やその夫、私の妻、息子も今は関わっています。気づけば“家族でつくる塾”になっていました。
社長ご自身は、いつごろ塾を継ごうと決められたんですか?
大学を卒業したころです。当時はバブル期で、就職先はいくらでもあったんです。でも、自分が何をしたいか分からなかった。そんなとき、両親が一生懸命この塾を支えている姿を見て、「自分にもできることがあるかもしれない」と思ったんです。
自分の意思で戻ってこられたんですね。
そうですね。親から「継げ」と言われたことは一度もないです。でも、やっぱり背中を見ていると、自分の中でも自然と覚悟が生まれました。
今でも印象に残っているようなエピソードってありますか?
そうですね…。以前教えた生徒が大人になって、自分の子どもをこの塾に通わせに来てくれたんです。卒業式の日に「先生、写真撮ってください」って言われて、一緒に写ったことがあって。それから何年も経って、その子の子どもとまた写真を撮ることになるなんて、感慨深いですよ。
すごくあたたかいですね。教えるって、そのときだけじゃないんですね。
そうなんです。成績を上げるのも大事だけど、信頼関係を築いて、一人ひとりとちゃんと向き合うこと。それが積み重なって、今の塾があります。
「うちにはノルマがない」。信念を貫く教育方針
塾って、進学実績とか生徒数とか、やっぱり数字で評価される部分が多いイメージがあるんですけど、どうなんですか?
確かに、一般的にはそう思われがちかもしれませんね。でも、うちは全然違います。ノルマもないし、「生徒を増やせ」とか、「売上を伸ばせ」とか言ったことは一度もありません。
えっ、本当ですか? 教育業界って競争も激しいイメージがあります。
本当です。でも、その代わりに一つだけ、絶対に守ってほしいことがある。それは「生徒の成績を上げること」。保護者の方が大切なお金を払って通わせてくださっている以上、そこだけは絶対に裏切れません。
ノルマはないけど、責任は重いですね。
そう。数字のプレッシャーじゃなくて、目の前の子ども一人ひとりに向き合うプレッシャーの方が、ずっと大きいです。でも、それがやりがいにもつながっているんですよ。
先生として働く中で、何か大切にしていることってありますか?
生徒の表情を見逃さないことですね。理解できていないときって、目の動きや姿勢でわかるんです。だから、授業中も常に目を配って、少しでも違和感があれば話を止めて確認するようにしています。
そこまで見てるんですね…。
それに、ただ教えるだけじゃダメなんです。どうやって最後まで集中させるかも大事。うちでは、授業の最後に“オチ”を入れるようにしているんですよ。
オチ、ですか?
そう。笑いでも驚きでもいいんですが、「最後まで聞きたい」と思ってもらえるような仕掛けを入れる。そうすると、生徒の集中力も変わるし、「あの先生の授業は面白い」って自然に思ってもらえるようになるんです。
塾って、もっと堅いイメージがありましたけど、柔らかさも必要なんですね。
そうですね。真面目なだけじゃ続かないです。特に今の子たちは、興味を持てないとすぐに気持ちが離れてしまう。だから、授業の構成や話し方は常に工夫しています。
とはいえ、生徒数が多いと、全員に向き合うのも大変じゃないですか?
大変ですよ。でも、うちは人数で勝負してるわけじゃないから。授業が終わったらそのままテストをやって、理解度を確認して、できなければ残ってもらってでも復習させます。解けるようになるまで、とことん付き合いました。
それって先生たちの負担もすごそうです。
そうですね。夜中まで教えてたこともあります。さすがに今はそこまでしませんけど(笑)。でも、そのくらい本気でやってた。だからこそ、生徒も本気になってくれたんです。
その熱量が、信頼につながってるんですね。
信頼されなきゃ、教育なんて成り立たないですからね。こっちが真剣じゃないと、生徒も本気になんてならない。だから、うちの塾は“やらされる場所”じゃなくて、“やる場所”でありたいと思っています。

仕事のやりがいは、“人の役に立つ”ことの中にある
塾の仕事のやりがいって、どんなときに感じますか?
一番はやっぱり、生徒や保護者から「ありがとう」って言われたときですね。「先生のおかげで成績が上がった」「やる気が出た」って、そういう言葉をもらえると、本当に嬉しいですよ。
“人の役に立てた”って、はっきり実感できる場面ですよね。
そう。それがこの仕事の一番の魅力です。だから僕自身、塾をやるうえで「誰かの役に立ってるかどうか」を常に意識しています。
働くうえでの判断軸として、「やりがい」ってすごく大きいですよね。
そう思いますよ。でもね、「やりがいがある仕事を探そう」っていうよりも、「誰の役に立てるか」を考えた方がいいかもしれない。役に立てる実感って、やりがいにつながるから。
確かに。「自分がやりたいこと」だけじゃなくて、「人のためになってるか」って視点も大事ですね。
そうそう。たとえば、塾での仕事って、勉強ができるようにしてあげるだけじゃないんですよ。生徒が「わかった!」って顔をしたり、ちょっと自信を持ってくれたり。そういう変化に立ち会えるのが何より嬉しい。
「わかる」ことって、自信にもつながりますよね。
そうなんです。成績が上がると親も子も喜んで、家庭が明るくなる。結果的に家族全体の雰囲気がよくなるんですよ。そういう循環をつくれる仕事って、なかなかないと思います。
社長はいつ頃から、そういう考えを持つようになったんですか?
若い頃はね、「これやりたい」とか「稼ぎたい」とか、そういう考えもありましたよ。でも、いろんな生徒と向き合う中で、「ああ、人のためになるって楽しいな」って思うようになって。そこからですね。
自分で目標を立てて、それを追いかけるほうが楽しいって、さっきおっしゃってましたよね。
うん。仕事も勉強も同じだと思ってます。人から「やりなさい」って言われると、途端につまらなくなる。でも、自分で「やりたい」と思って取り組めば、どんなに大変でも頑張れるんですよね。
自発的な気持ちがあるかどうかって、意外とすぐ見抜かれますよね。面接とかでも。
間違いない(笑)。やらされてる人の目と、自分からやってる人の目は全然違う。これは生徒も社員も一緒です。
「働くってこういうことなんだな」って、なんだか今日、すごく実感しています。
嬉しいですね。働くって、決してしんどいことじゃないんですよ。もちろん、楽しいことばかりじゃないけど、「誰かのために何ができるか」を考えるようになると、少しずつ仕事が“自分のもの”になっていく。そうすると、しんどさの中にもやりがいが見えてくるんです。
仕事って、自分のためだけじゃないからこそ、続けられるものなのかもしれないですね。
その通り。人の役に立つって、結局は自分の力にもなる。やりがいってそういうもんです。
面接は“ありのままの言葉”で臨め
“人の役に立つ仕事”について、すごく考えさせられました。
ただ、それを面接の場でうまく伝えるって、すごく難しいなとも感じていて…。
そうなんです。伝えたい気持ちはあるのに、うまく言葉にならないというか。準備したことをそのまま話すと、かえってぎこちなくなっちゃうんですよね。
その気持ち、よくわかりますよ。でも、実は“準備された答え”って、面接官から見ると意外とすぐ分かるんです。「これは自分の言葉じゃないな」とか、「誰かに言わされてるな」とか、そういうのって表情や声に出るんですよ。
それは怖いですね…(笑)。一生懸命準備してきたのに、それが逆効果になることもあるなんて。
大事なのは、うまく話すことじゃなくて、「本音で話す」こと。多少たどたどしくても、自分の言葉で語ってくれる方が、相手の心には響くんですよ。
でもやっぱり、ちゃんと話さなきゃって思ってしまって、つい構えちゃいます…。
面接は“演技”じゃないですからね。内容よりも、「この人はどういう考え方をする人なんだろう?」という部分を見たいと思ってる会社も多いですよ。
よく「志望動機が浅い」って言われるんですけど、そもそも“自分がなぜそこに興味を持ったのか”って、あまり深く考えていなかったかもしれません。
その気づきは大事ですね。たとえば「人の役に立ちたい」って言うだけだと、ちょっと弱い。でも、具体的にどんな場面でそう思ったのか、その会社でどんなふうに働きたいのか。そこまで話せると、伝わり方が全然違います。
たしかに…。想像力が足りてなかった気がします。働いてる自分をちゃんとイメージしてなかったかもしれません。
そうなんです。僕が面接のアドバイスをするなら、「その会社で働いてる自分を、できるだけリアルに想像して話そう」って伝えます。そうすると、自分の中から言葉が自然に出てくるようになりますよ。
たとえば「ホテル業界で働きたい」ってときに、「人を笑顔にしたい」だけじゃなくて、「お客様にこう接して、こういう反応をもらえたら嬉しい」とか、具体的に言う感じですよね。
そうそう。それがあると、言葉に温度が出てくる。相手にも伝わるし、自分自身も納得感を持って話せると思います。
それって、言い換えれば「企業に選ばれる」っていうより、「自分が企業を選ぶ」という感覚ですよね。
まさにその通り。面接って、お互いを知るための場なんですよ。企業側も、「この人と一緒に働きたいか」を見てるし、学生側も「この会社、自分に合うか」を確かめるチャンスなんです。
就活って、どうしても“選ばれる側”っていう意識が強くなってしまいがちですけど、確かに“見極める側”でもありますよね。
合わない会社に無理して入っても、長続きしないですからね。無理に飾って入社しても、その後がしんどくなる。だったら最初から、等身大の自分を見てもらって、それでも一緒に働きたいと思ってもらえる会社に行ったほうが、絶対にいい。
就活って怖いイメージがありましたけど、そう考えると、少し気が楽になります。
怖がらなくていいんですよ。自分の考えや価値観をしっかり持っていれば、自然と“合う会社”に出会えるはずですから。

“教育”と“AI”の未来をどう見るか
最近、ChatGPTとかAIの話題がよく出てきますよね。教育の現場にも、そういう技術って影響してきてるんですか?
うん、たしかに最近はICT教材とかAIドリルとか、いろいろ出てきてますよね。フィンランドなんかは一時期、ICT教育の先進国って言われてたけど、実は紙に戻したっていう話もあって。
え、そうなんですか?意外です。
そう。やっぱり最終的には「人が教える」ってところが大事なんですよね。AIにはAIの良さがあるけど、子ども一人ひとりの表情とか反応って、やっぱり人間じゃないと拾えない部分がある。
たしかに。反応が薄いときって、話し方を変えたりするじゃないですか。ああいう対応ってAIには難しそうです。
そうなんです。たとえば、同じ説明でも“納得できる子”と“できない子”がいるわけで。そこに気づいて、声かけやタイミングを変えられるかどうか。そういう“感覚”は、人じゃないと無理ですね。
あと、先生自身がその科目を楽しんでるかって、すごく伝わりますよね。
それ、めちゃくちゃ大事。僕が思うに、教える側が「この教科が好き」「この内容がおもしろい」って思ってないと、生徒にも伝わらないです。だから、授業って“伝染する”んですよ。AIには、そこができない。
社長の授業って、飛行機雲の話とか、お風呂の熱の伝わり方とか、すごく身近な例で説明してくれますよね。
そうやって「へえ!」って思ってもらうのが第一歩なんですよ。まずは興味を持ってもらって、「知りたい」「もっとわかりたい」って気持ちになってもらう。それができたら、勉強って自然と楽しくなるんです。
AIは“答えを出す”ことはできても、“興味を引き出す”ことはできないってことですね。
そうそう。知識を渡すだけなら、AIのほうが正確かもしれない。でも、「その知識がどんなふうに使えるか」「なぜ面白いのか」っていう文脈を伝えるのは、人間の役割ですよ。
教育って、ただの情報提供じゃないんですね。関係性があるというか。
まさに。塾の現場だと特にそうです。厳しくすれば生徒は離れるし、甘くしすぎても成績は上がらない。そのバランスをとるには、“その子の今”をちゃんと見ないといけない。
たしかに…。関わり方ひとつで、勉強のモチベーションって全然変わってきますよね。
だから、うちの塾では「二言挨拶」っていうルールがあるんです。「こんにちは」って言ったあとに、もう一言、「最近どう?」「部活どうだった?」って必ず声をかけるようにしてます。
それ、いいですね。単なる挨拶じゃなくて、ちゃんと“自分を見てもらえてる”感じがします。
そう、相手に興味を持つってことが、信頼関係をつくる第一歩です。教育って、結局は人と人とのつながりで成り立ってるんですよね。
AIが進化しても、人じゃないとできない部分は、絶対に残り続けるってことですね。
そう思います。AIはあくまで“道具”。うまく使いながら、人にしかできない部分はしっかり担っていく。それが、これからの教育のかたちなんじゃないかなと思います。
「人に興味を持つこと」がすべての原点
先ほどおっしゃっていた「二言挨拶」の話、すごく印象に残っています。ああいう小さな声かけって、される側にとってはすごく大きいですよね。
「ちゃんと見てもらえてる」って感じられると、安心感もありますし。私も、学校の先生でそういう人がいました。
そうそう。相手に関心を持ってるってことが、ちゃんと伝わるのが大事なんですよ。子どもって、言葉じゃなくて“気配”で感じ取るから。「この先生、自分に興味あるな」って思うと、自然と向き合ってくれるんです。
逆に、「自分なんて見られてない」って感じると、心を閉じちゃいますよね…。
その通り。だから、どんなに忙しくても、顔を見て、目を合わせて、声をかける。それを続けていくことで、少しずつ信頼が育っていくんです。
就活でも似てるかもしれません。説明会や面接で「ちゃんと話を聞いてくれてる」ってわかると、その会社に対して好印象を持つんですよね。
そうだと思いますよ。仕事って結局、人と人との関係でできてるから。どんなにスキルがあっても、相手に興味を持てない人は、うまくいかないことが多い。
“人に興味を持つ”って、すごくシンプルだけど、忘れがちなことかもしれません。
だからこそ、意識して習慣にするんです。僕自身も、出会った人の名前をできるだけ覚えるようにしてますし、数ヶ月経っても「この前あの話してたよね」って言えるように、ちょっとしたことをメモしてたりもしますよ。
それだけで、「覚えてくれてる」って感じられますもんね。それって、すごく嬉しいことだと思います。
嬉しいよね。だって、自分の話に興味を持ってくれてたってことだから。人って、そういうときに「ここにいていいんだ」って思えるんですよ。
それって、生徒も同じですよね。居場所があるって感じられるだけで、前向きになれる。
本当にそう。勉強に前向きになるのも、自分を受け入れてくれる人がいるって思えたときなんです。だから僕は、点数よりもまず、「その子が安心していられるかどうか」を見てます。
企業選びでも同じことが言えそうです。「この会社、ちゃんと人を見てるな」って感じられるかどうかって、大きいです。
それは間違いない。たとえば、説明会で一方的に話す会社と、学生の質問にしっかり耳を傾ける会社では、印象が全然違うでしょう?
たしかに…。「この人たちと一緒に働けるか」って、そういうところで見えてくる気がします。
だから、どんな場面でも“人に興味を持つ”って姿勢を忘れなければ、大きな間違いはしないと思いますよ。相手に関心を持つ人は、自然と信頼されるし、チャンスも広がる。
仕事選びでも、人間関係でも、最初に大事なのはやっぱりそこなんですね。
そう思います。塾も、就活も、人生も。人とどう関わるかがすべての土台になりますから。
人を育てる仕事には、成果がすぐに見えるわけではありません。けれど、誰かの変化に立ち会い、その成長をそばで感じられることは、何にも代えがたい喜びがあります。
今回の対談を通して伝わってきたのは、教育の現場に限らず、あらゆる仕事の根底には「人と向き合う姿勢」があるということでした。
就職活動では、「やりたいこと」や「条件」だけでなく、「誰の役に立ちたいか」「どんな関わり方をしたいか」といった視点も、きっと大きなヒントになるはずです。