黒い機体に、上質なサービス。
スターフライヤーと聞くと、空港でひときわ目を引く飛行機や、機内で過ごす快適な時間を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
でも、一機の飛行機が空を飛ぶまでには、私たちが普段目にすることのない、たくさんの仕事があります。
飛行機の部品を世界中から調達すること。
海外の取引先と契約を結ぶこと。
整備に必要な体制を整えること。
会社のお金の流れを管理すること。
今回、学生が取材したのは、スターフライヤーの創業期から会社を支え、現在は取締役執行役員として活躍されている南さんです。
入社したとき、まだ会社に飛行機はありませんでした。
総務として採用されたはずが、入社当日に整備部門へ。
以来、飛行機を飛ばす裏側の仕事に向き合ってきた南さん。
「やりたいことが特になかった」と話す南さんは、なぜ仕事を楽しみ続けることができたのでしょうか。

飛行機がない会社に入社。社員番号は21番
まず、スターフライヤーがどんな会社なのか教えてください。
スターフライヤーは、2006年から北九州空港を中心に就航している航空会社です。北九州空港の開港と同じ日に就航を開始しました。今年で就航20周年になります。
昨年からは仙台-福岡線も飛ばし始め、今年の9月からは北九州から台湾への国際線も就航予定です。
南さんは、最初から航空業界を目指していたんですか?
いえ、全然違います。私は北九州出身で、Uターンしたいと思っていたんです。北九州市のUターン促進事業で紹介してもらったことがきっかけでした。
実は、紹介してもらった会社が2社あって、1社は若松だったんです。私は小倉南区出身で空港に近かったので、「若松は遠いな」と思って(笑)。スターフライヤーはいずれ空港に移転すると聞いていたので、家から近い方がいいなと思いました。
航空業界に強い憧れがあったというより、地元に戻りたい気持ちが大きかったんですね。
そうですね。しかも最初は総務で採用されたはずだったんです。でも入社の日に行ったら、「南さん、ごめん。整備がどうしても人がいないから、ちょっとだけ整備部門をやって」と言われて。
そこから14年間、整備部門にいました。
「ちょっとだけ」が14年になったんですね。
そうなんです(笑)。入社したときは、まだ飛行機もありませんでした。社員番号は21番です。

文系出身で整備部門へ。最初は日本語でも意味が分からなかった
整備に関わる仕事となると、かなり専門的で難しそうです。
めちゃくちゃ難しかったです。私は大学ではドイツ文学を学んでいたので、完全に文系なんです。
当時、会社がドイツの会社と契約しようとしていて、「ドイツ語できるよね」と言われたんですが、契約書は全部英語でした(笑)。
英語もTOEICはそこそこ取れていたので、やってみることになったのですが、出てくる単語が全く馴染みのない分からないものだらけで。辞書で調べても、出てきた日本語の意味も分からないくらいです。
航空機の整備用語なので、英語も分からないし、日本語でも分からない。最初は本当に大変でした。
未知の世界ですね……。
入社して最初の2週間はわからないことだらけで体重が減ったんですよ(笑)。でも、だんだん慣れていって体重はすぐ戻りました(笑)。でもとにかく最初は本当に言葉が分からなかったですね。
「自分が手を止めたら飛行機が止まる」創業期の緊張感
飛行機がない状態で、整備部門ではどんな仕事をされていたんですか?
飛行機が来る前に、整備に必要な設備や部品を全部揃えておく必要がありました。
スターフライヤーの機体はエアバス社の飛行機なので、エアバスが「この飛行機を何機持つなら、この部品が必要です。この工具も必要です」というリストを出してくれるんです。それを見ながら必要なものを調達していきました。
飛行機を飛ばす前から、そんなに準備があるんですね。
そうですね。しかも飛行機の部品は、すべてを在庫として持っておくことはできません。壊れたとき、壊れそうなときに急いで調達するものもあります。
それが遅れると、飛行機が飛べなくなってしまうんです。
自分の仕事が、飛行機の運航に直結しているんですね。
最初の頃は本当に「自分が手を止めたら飛行機が止まる」くらいの感覚で働いていました。
2006年3月16日に就航することは決まっていました。北九州空港の開港と同じ日に飛ばす必要があったので、絶対に間に合わせないといけなかったんです。
当時の働き方は、かなり大変だったのではないですか?
今の時代ではなかなかできない働き方だったと思います。毎日終電で帰って、週末はどちらか1日は休もう、という感じでした。
でも、不思議とストレスはあまりなかったんです。仕事が本当に楽しかったので。
忙しすぎると、つらさの方が大きくなりそうですが、楽しかったんですね。
みんなが「3月16日に飛ばす」という同じ目標に向かっていたので、人間関係のストレスで悩む暇もなかったですしね。大変だったけれど、本当に楽しかったです。

忙しすぎて、花がドライフラワーに
当時の忙しさでよく思い出す、今となっては笑い話があるんですよ。ある時、他部署の方がお花を持ってきてくれて花瓶に入れて飾っていたんですよ。飾ったはいいもののあまりに忙しくて、そこに花があることをみんな忘れていたんです。
しばらくして、就航前に一時的に手伝いに来てくれていた客室乗務員の方が「南さん、ここってなんでドライフラワーを飾っているんですか?」と聞いてきて。
生花がドライフラワーになったんですか?(笑)。
そうなんです(笑)。水も替えないまま、気づいたらドライフラワーになっていました。それくらい、みんな目の前の仕事に必死でした。
数億円規模のプロジェクト。飛行機を「返す」仕事
これまでの仕事で、特に印象に残っている出来事はありますか?
飛行機を返却するプロジェクトですね。
飛行機を返すんですか?
そうなんです。飛行機はリースで借りていることが多いので、一定期間使ったら返却します。
マンションを借りていて、退去するときに壁紙を直したりして出るようなイメージに近いです。ただ、飛行機の場合は規模が全く違います。指定された通りに整備して返さなければならず、数億円かかるプロジェクトになります。
数億円……。想像以上の規模です。
そのプロジェクトのリーダーを担当しました。自社の社員だけでなく、ドイツ人やイタリア人のコンサルタント、リース会社のスタッフ、海外の整備委託先など、本当に多国籍なチームでした。
国籍も価値観も違う人たちをまとめて、期限までにやり遂げる必要がありました。
かなり大変そうです。
最初に担当したときは、2か月ごとに3機返却したんです。今考えると、本当によく耐えたなと思います。
社内では「ああ、お疲れさま」くらいの感じだったのですが、海外のコンサルタントの方が「これは会社で表彰されるレベルだ」と言ってくださって(笑)。
実際に作業している現場はフィリピンやブルガリアだったりするので、社内の人からは大変さが見えにくいんです。飛行機が返却のために飛んでいったら、社内では「終わった」と思われる。でも、本当の戦いはそこからなんです。
飛行機が飛んでいく姿の裏側に、そんな仕事があるとは思いませんでした。

役職にこだわりはなかった。でも、見える景色は変わった
今は取締役をされていますが、入社した頃から役員になるイメージはありましたか?
全くなかったです。私はあまり上昇志向がないんです。
どんどん上を目指してキャリアアップされてきたのかと思っていました。
そういうタイプではないですね。ただ、ポストに応じた役割はあるので、新しい立場になったら「こういうふうに動かないといけないんだな」ということは意識します。
責任も伴うので、その立場に見合った判断や行動はしなければいけません。
役職についてよかったことはありますか?
取締役になって変わったことはあります。いわゆる外部の社長や経営者の方と臆せず話せるようになりましたね(笑)。
以前は、私が名刺交換をしていいのかなと思うような相手でも、今は普通に話せる。話を聞いてもらえるようになったことは、大きな変化だと思います。
「やりたいことがない」から、いろんな経験ができた
南さんは、どんな仕事でも楽しめるタイプなんですか?
私はあまりこだわりがないんです。やりたいことも、特にないんですよ。
だから、言われたらとりあえずやる。すごくやりたいことがある人は、それができないと辛いのかもしれません。でも私は、「これしかやりたくない」というものがなかったので、与えられた仕事に向き合ってきた感じです。
就活では「やりたいことを見つけなきゃ」と思いがちですが、そういう考え方もあるんですね。
そうですね。私が「これをやりたい」と言っていたら、きっとできなかった経験がたくさんあります。
就活をするときに、「私はこれがやりたいです」と強く言いすぎない方がいいこともあると思います。もちろん希望を持つことは大切ですが、決めつけすぎると、可能性を狭めてしまうこともあります。
南さん自身も、最初は総務の予定だったのに、整備部門で一番楽しい仕事に出会ったんですもんね。
そうなんです。整備部門の仕事は本当に楽しかったです。
採用で見るのは、一緒に働く姿が想像できるか
採用面接では、どんなところを見ていますか?
私は人事の専門家ではないので、最終的にはフィーリングですね。
お話ししていて、一緒に働きたいと思えるか。この人がスターフライヤーに来たら、どんなふうに働いているかなと想像します。そのイメージが自然に浮かぶ人は、合っているのかなと思います。
話す内容や志望動機よりも、その人の雰囲気を見ているんですか?
いろいろな話をする中で、人となりを見ています。良い悪いではなく、私たちの社風に合うかどうかです。
今いるメンバーと一緒に働けそうか。その人がどの職種で活躍できそうか。そういうことを考えています。
面接というと、どうしても堅苦しいイメージがあります。
皆さん、すごく堅苦しく来られるんです。自己紹介も、練習してきたんだなと分かるような話し方の方が多いです。
もちろん練習することは悪くありません。でも、テンプレートのような言葉だけだと、その人らしさが見えにくくなってしまいます。
「この部署で働きたい」と強く言いすぎるのは、どうですか?
「どうしてもこの部署で働きたいです」と言われると、こちらもその部署だけでイメージすることになります。
そこで少し合わないと感じたら、「この部署じゃないとダメですか?」と聞くこともあります。可能性を広げる意味でも、あまり限定しすぎない方がいいかもしれません。
取材を終えて
今回の取材で印象的だったのは、南さんの「やりたいことが特にない」という言葉でした。
就職活動では、「やりたいことを見つけなければいけない」「志望職種をはっきり決めなければいけない」と考えてしまいがちです。
でも南さんは、最初から航空業界を目指していたわけではありません。総務として採用されたはずが、入社当日に整備部門へ。文系出身でありながら、航空機の整備用語や英語の契約書と向き合い、世界中の取引先と仕事をしてきました。
もし最初から「この仕事しかやりたくない」と決めつけていたら、飛行機を飛ばす裏側を支える経験も、多国籍のプロジェクトをまとめる経験も、今のキャリアもなかったのかもしれません。
スターフライヤーの飛行機が飛ぶ裏側には、客室乗務員やパイロットだけでなく、部品を調達する人、契約を結ぶ人、お金を管理する人、整備の体制を整える人など、本当にたくさんの仕事があります。
普段は見えない仕事が、一便一便の運航を支えている。
南さんのお話を聞いて、仕事の面白さは「最初からやりたいこと」の中だけにあるのではなく、目の前の仕事に本気で向き合う中で見つかるものなのだと感じました。
自分の可能性を、最初から決めつけないこと。
与えられた場所で、まずやってみること。
その経験が、思いがけない未来につながるのだと感じた取材でした。