人とのつながりが育てた30年の軌跡
北九州市を中心に、回転寿司や立ち食い寿司、ベーカリーを展開する株式会社平四郎。回転寿司4店舗、立ち食い寿司1店舗、ベーカリー2店舗を運営する同社の代表取締役・小林弘昌社長は、実は陶器屋の息子でした。寿司職人としての経験ゼロから回転寿司業界に飛び込み、今では北九州の食文化を支える企業へと成長させています。「夢は言い続けるべき」と語る小林社長に、創業のきっかけや、人とのつながりを大切にしてきた30年の軌跡に学生リポーター2人が迫ります。

陶器屋の息子が回転寿司に挑戦
平四郎って、すごく印象的な社名ですよね。
ありがとうございます。実は祖父の名前なんですよ。
祖父様のお名前を会社名に!
1935年に陶器屋を創業し、有田焼を小倉に持ってきて商売をしていました。
陶器屋さんから回転寿司って、思い切った転換ですよね。
時代が変わって、大手チェーンは直接メーカーから仕入れるようになりましたし、一般家庭でも来客の機会が減り、「特別な食器を揃える」という文化自体が薄れていったんです。それで父が飲食業への転換を決めました。
時代の流れで業態を変えられたんですね。でも、どうして回転寿司だったんですか?
実は僕も最初は回転寿司なんて全く考えていなかったんです。大学を出た後は大手ドーナツチェーンに就職しました。チェーン店のマニュアルや衛生管理を学びたいと思って。
ドーナツ屋さん!意外です。
でも1年半くらいすると父から「早く戻ってきて何か始めよう」って連絡があって。当時は若かったから、ステーキハウスとか焼肉とか、お肉業界に興味があったんです。
独立を考えたときは、お肉業界を目指されていたんですね。
ところが勉強し始めたら、お肉業界がことごとく潰れていって(笑)。そんな時に魚屋さんの紹介で東京の回転寿司を見に行ったんです。当時の回転寿司といえば、煙の中で寿司が回っているようなイメージでした。少なくとも若い自分にとっては憧れる業態ではなかった。でも東京で見た店は、明るくて禁煙で、空間そのものが洗練されていて、「これならやりたい」と思えたんです。
そこでイメージが大きく変わったんですね。
それがきっかけで、全国の回転寿司で研修を受けることにしました。ドーナツチェーン時代に一緒に働いていたアルバイトの子に声をかけて、2人で福島、島根、大分を1ヶ月ずつ回りました。でも一緒だと遊んでしまうだろうなと思って、別の場所で研修を受けたんです(笑)。
え、別々で研修を受けたんですか?
はい。当時出たばかりのPHSを買って、毎日日報を書いて報告し合いながら頑張りました。研修先の社長さんたちは本当に優しくて、中には自宅に住み込みで勉強させてもらったこともあって。朝6時に市場に行って、夜10時まで店で働いて…毎日大変でしたけど、今思うとあの経験が全てのベースになっています。
その経験が今につながっているんですね。
そうですね。1997年には1号店をオープンし、想像をはるかに超える数のお客様に来ていただきました。約1年後に駅ビルの店舗もオープンして、そこから一気に広がり、年商3億円を達成するまで成長しました。でもそれは決して自分たちの力だけじゃなくて、本当に周りの人たちのおかげなんです。

北九州の魚は本当に美味しい!
お寿司で一番大事なのは、やっぱり魚の鮮度ですよね。
そうですね。実は北九州の魚屋さんは、お店のオープン時間に合わせて魚を締めるタイミングを調整してくれるんです。
締めるタイミングによって鮮度が変わるんですか?
はい。魚には死後硬直があって、締めるタイミングが早すぎると身が弱くなるし、遅すぎると鮮度が落ちる。だから、お店の時間から逆算して締めることが大事なんですよ。
その調整はどの店舗でも行われているんですか?
実は違うんですよ。僕も最初そうだと思っていたんですけど、日本全国の市場を回ってみたら、どこでもできることではないんだと知りました。東京や大阪だと、もう夜中1時から発注が来てどんどん捌いていかないと間に合わないんですよ。
地域によってそんなに違うんですね。
それに加え、関東より東は熟成させることで旨味を引き出す文化、九州は鮮度の良さを重視する文化なんです。だから、サバを生で食べられるのも九州ならではなんですよ。
だから北九州の魚は特別なんですね。
あと、うちでは釣り人からの魚の買取もやっているんです。釣り人がブリを5、6本釣っても一気には食べきれないじゃないですか。それで冷凍してしまうのはもったいないなって。
確かに、冷凍すると鮮度が落ちてしまいますよね。
うちは飲食店だから氷も山ほど作れるし、その日のうちに全部お客様に提供できる。だから「締め方を教えるので、良い魚が釣れたら持ってきてください」ってお願いしているんです。
釣り人にとってもお店にとってもいい仕組みですね。
人とのつながりが生んだ新しい事業を生む
お寿司以外にも事業をされているんですか?
ベーカリーもやっています。寿司だけだと、魚がダメになった時に全部ダメになってしまう。だから、全く違う業態を持ちたいと思ったんです。
どうしてパンだったんですか?
妻が近所のパン屋に行ったことがきっかけです。そのパン屋は、オープンしてまだ1ヶ月半だったのに、駐車場が3つもあって、レジも3台。とにかく人が多かった。「3,000万円売り上げている」と聞いて、正直、衝撃でした。調べてみると、その店をプロデュースしている会社があると知って。「自分もパン屋をやりたいんです。力を貸してもらえませんか」とお願いしました。
それはすぐ受け入れてもらえたんですか?
いや、最初は「パン屋なめてます?」って言われました(笑)。寿司屋が急にパンをやりたいって言ってきたら、そりゃそうですよね。でもうちのお店でお寿司を食べてもらって、魚へのこだわりを話したら、「もしやるなら手作りにこだわりましょう」って言ってくれたんです。
そこで、方向性が決まったんですね。
そうとなったら、素材からこだわろうと。まずはクリームパンの要になる卵から探し始めました。福岡県内の養鶏場に片っ端から電話して、実際に見に行きました。1件目の養鶏場に早く着きすぎて、外で待っていたら、掃除をしているおじいちゃんがいて。話しかけたら、その方が養鶏場の社長だったんです。
え!すごい偶然ですね!
そうなんです(笑)。「15分前集合なのに君はもっと早く来たな。偉いぞ」って言われて。その社長さんが、某高級アイスクリームブランド専用の卵を作っていたんです。そしたら、「君がこの卵を気に入ったなら分けてやる」って言ってくれて。
そこで卵が手に入ったんですね。
そうです。人とのつながりが、本当にこの事業を支えているんですよ。

夢を語り続けることで切り拓く未来
今日お話を聞いていて、本当に人との出会いを大切にされていると感じました。
僕が大切にしているのは、わからないことは素直に「わからない」って言うことと、夢を恥ずかしがらずに言い続けることなんです。夢を言っていると、意外に誰かが聞いててくれて、「今度こういうチャンスがあるから参加しない?」って言ってくれるんですよ。
夢を言葉にすることが、チャンスにつながるんですね。
そうです。最初に「3人で始めたこの挑戦を、3店舗へ広げ、全員が店長になる」って公言していたら、3年後に本当に実現できたんです。その時に「夢は言うべきだな」って実感しました。それからずっと言い続けていますね。
言い続けることで、実現したんですね。
夢は絶対バンバン言った方がいいです。身近な人にも、関係ない人にも、「俺こうしたい」っていうのを言い続けると、本当に叶うんです。必ず誰かが聞いててくれて、チャンスをくれる。あと、人との出会いを大切にしてください。勉強会に誘われたら参加する、困っている人がいたら助ける、そういう小さなことの積み重ねが、将来必ず自分に返ってきますから。
今日は本当にありがとうございました。すごく勇気が出ました。
私も夢を言い続けることを実践してみます!
北九州の魚へのこだわり、人とのつながりを大切にする姿勢、そして夢を語り続けることの大切さ。小林社長のお話からは、ビジネスの成功の裏にある「人」の温かさが伝わってきました。そして、「夢は絶対バンバン言った方がいい」という言葉は、これから就職活動を始める学生たちにとって、大きな勇気となるはずです。人との出会いを大切にし、夢を語り続けること。そんなシンプルだけど力強いメッセージが、この日の取材には詰まっていました。