「セメントって知っていますか?セメントを見たことありますか?」
そう聞かれて、すらすら答えられる学生は、きっと多くないはずです。
セメントは、コンクリートを作るための重要な材料。私たちが毎日歩く道路や、住んでいる建物に、当たり前のように使われている製品です。けれど、それを作っている会社が、社会の中でどのような役割を果たしているのかは、意外と知られていません。
福岡県の周防灘に面した苅田工場(臨海)、県央に位置する田川工場(内陸)。麻生セメント株式会社は、この2つの工場を拠点に、西日本一帯にセメントを届けてきました。麻生グループのルーツは、1872年、福岡・飯塚での石炭採掘にまでさかのぼります。現在は創業から150年以上の歴史を持ちます。
そんな麻生セメントのホームページに、こんな言葉が並んでいました。
「ごみをたべて、まちをつくる工場」
セメントを作る会社が、ごみを食べる――?
会社の経営を担うのは、代表取締役社長の林田亮輔氏。オーナー家以外から起用された、初の社長で、信条は「IQより、EQ」。セメントという仕事の奥行きから、これからの経営、就活生へのメッセージまで、学生リポーター2人が迫りました。

そもそも、セメントって何?
まずセメントって、そもそも何なんでしょうか?
いい質問ですね。セメントは、コンクリートの主原料です。セメントと骨材と呼ばれる砂利や砂、そこに水を混ぜて固めたものがコンクリート。セメントはそれ自体も水と反応して固まりますが、骨材どうしをくっつける“のり”の役割も果たしています。
確かに、白っぽい粉のイメージがあります。
厳密に言えば白というよりグレーなのですが、社内ではずっと“白”と呼んでいて、これには理由があります。麻生グループの祖業は、もともと石炭。1872年、福岡の飯塚で石炭を採掘し始めたのがルーツです。エネルギー資源である石炭という“黒”から、社会インフラを支える基礎資材であるセメントという“白”への大転換を、社内では昔から「黒から白へ」と呼んでいるんです。
その「黒から白へ」って、社内ですごく大事にされているんですね。
そうですね。国内の石炭事業が衰退していく中で、麻生にとっての“第二の祖業”として始まったのがセメント事業でした。グループ全体にとって、特別な思い入れがある事業です。
「ごみをたべて、まちをつくる」とは、どういうことか
ホームページの「ごみをたべて、まちをつくる工場」という言葉が印象に残りました。あれは具体的にどういう意味ですか?
人間の身体に例えると分かりやすいです。動脈は身体に必要なものを運ぶ血管ですよね。セメント工場でいえば、ダムや道路、橋、ビルといった社会インフラをつくるための原料を世の中に送り出すのが“動脈”の役割です。
では静脈は何になりますか?
静脈は身体から不要になったものを回収する血管にあたります。
セメント工場にはキルン(回転窯)という巨大な設備があり、原料を1,450℃まで熱して焼成します。これだけの超高温で処理できる施設はほとんどありません。だから建設汚泥、汚染土壌、火力発電所から出るフライアッシュ、プラスチックごみや木くず、紙くずなど、社会から“不要”とされた廃棄物や副産物を引き受け、原料や燃料に変えているんです。
実際、どれくらいの割合で廃棄物を活用されているんですか?
ざっくり言えば、1トンのセメントを作るのに約300キロが廃棄物由来の原料です。燃料については3割強を産業廃棄物で賄っています。災害廃棄物の受け入れや、過去には狂牛病の原因となった肉骨粉を受け入れてきました。
もし、セメント工場がその受け入れをしなかったら、どうなるのでしょうか?
別途、焼却施設を建設し処理するしかありませんが、それにはコストもかかりますし、廃棄物を処理するためだけに燃料も使わなければいけません。元々セメントの焼成工程で高温にしているので、その工程で一緒に処理した方が余程効率的です。業界全体で年間約2,200万トンの廃棄物・副産物を処理しており、社会にとって代替のきかないインフラになっています。
動脈の側面しか知らなかったので、静脈の話はとても勉強になります。これって、循環型社会につながる話ですよね。
その通りです。サーキュラーエコノミ、すなわち循環型社会の考え方に合致しています。セメント工場は、その要の役割を担っていると言えます。

CO₂と、正面から向き合う
ただ、セメント製造過程ではCO₂が多く出るとも聞きます。そこはどう向き合っているのでしょうか?
業界全体が抱える大きな課題です。日本だけじゃなく、世界中のセメント産業が向き合っているテーマです。
当社では年間約100万トンのCO₂を排出していますが、その約4割は石炭の燃焼や購入電力に由来するもの。残りの約6割は原料である石灰石(CaCO3)が熱分解される際に発生するものです。後者は原料の性質によるもので、燃料や電力を変えるだけでは解決できません。
仕組み上、避けられない部分があるのですね。業界としてはどう対応していくのでしょうか?
2026年から、日本でも排出量取引制度という新たな取り組みが始まります。企業ごとに排出枠(上限)を割り当て、上限を超える企業は他者の余剰枠を買う必要がある仕組みです。市場で枠に価格が付くため、CO2を減らす投資や運用改善が直接的な経営課題になります。
CO₂を、お金で取引するんですか?
いわゆるカーボンプライシングですね。短期的には、製造工程効率化による燃料や電力消費量の削減や代替燃料・原料の利用率の向上に取り組みます。たとえば廃プラスチックの利用率を高めることで石炭消費量を減らす、といったやり方です。長期的には、CCS・CCUSというCO₂を回収・貯留・再利用する技術が実用化されない限り、カーボンニュートラルは達成できないと思います。それでも、調査と検討は既に始めています。
単に“環境に優しい会社です”って言うだけでは済まない世界なんですね。
済まないですね。逃げずに向き合って、できることを一つずつやっていくしかありません。
「IQより、EQ。」――人を動かすということ
林田社長は、オーナー家以外から起用された初めての社長だと伺いました。経営で最も大事にしていることは何ですか?
経営資源は“人・モノ・カネ・情報”と言われますが、モノ・金・情報を使いこなすのは結局“人”です。ですから、人が最も重要な経営資源だと考えています。その人たちに気持ちよく働いてもらうために、私が社員の皆さんによく言うのが「IQより、EQ」です。
EQとは何でしょうか?
Emotional Intelligence Quotient、心の知能指数のことです。IQは先天的な要素が大きい一方、EQは後天的に高められると考えられています。行動経済学の示す通り、人は必ずしも合理的に動かない。だからこそ、相手や自身の心理や感情を読み解く力がビジネスの現場では重要になります。
なるほど。知識やスキルだけでなく、相手の気持ちを想像したり、自分の感情の動きを考察したりする力も、仕事の成果に大きく関わってくるのですね。
まさにその通りです。「3人のレンガ職人」の話はご存じでしょうか。仕事として同じレンガを積む3人に「何をしているのか」と聞くと、1人目は「ただレンガを積んでいる」、2人目は「家族を養うために壁を作っている」、3人目は「街の人の幸せのために大聖堂を作っている」と答えたという話です。同じ仕事をしていても、モチベーションや仕事に対する意味づけが違えば、最終的に出来上がるものの質も変わってきます。だから社内では、仕事に対するエンゲージメント(ワーク・エンゲージメント)と、組織に対するエンゲージメント(従業員エンゲージメント)、その両方を高めるための取り組みを続けています。
経営者によって、人の動かし方ってずいぶん違いますよね。社長は、ご自身ではどんなタイプだと思われていますか?
自分のタイプは正直よくわかりません(笑)。昔のプロ野球で言えば、星野監督みたいに厳しく叱って動かすタイプもいれば、褒めて動かすタイプもいる。スタイルは人それぞれでいいと思います。ただ、いちばんいけないのは、人を動かすこと自体を諦めてしまうこと。「どうせ言っても変わらない」と考えて、何のやり方も試さない人ですね。経営者はいろいろなタイプがあっていい。でも、人を動かす努力を放棄したら、そこから先の経営は成り立たないと思っています。
社長になられて、最初に取り組まれたのは、どんなことだったんですか?
人事・給与制度の改革です。 人のモチベーションを最も削ぐのは“不公平感”と“不透明感”だと考えています。以前は管理職よりも一般社員の方が給料が高い、といった逆転が生じていました。納得感が得られないとモチベーションは下がるので、一般職・管理職各クラス毎の給与レンジを見直した上で、全社員にオープンにしました。
全社員に開示するという踏み込んだ対応ですね。背景にはどんな思いがあったのですか?
仕事を心の底から“むちゃくちゃ楽しい”ものにするのは難しいかもしれませんが、少しでも前向きに働ける環境を作りたい。転職が当たり前の時代だからこそ、最終的な居場所として選んでもらえる会社でありたいと思っています。

ボルダリングと、不知の自覚
少し話が変わるんですが、社長のご趣味は何ですか?
ボルダリングをやっています。
ボルダリングですか。意外ですね。
ジムに行くと、私よりも年下のひとばかりです(笑)。でも10歳上の先輩もいますし、いちばん下は小学生まで一緒に登っている。20代、30代、40代、いろんな世代、いろんな職種の人と話す機会があり、そこで得られる刺激が、仕事のアイデアにつながることもあります。社内だけにいると視野が狭くなりがちなので、外で得る刺激は重要です。
いわゆる、越境学習みたいなものですよね。
そうですね。社員にもそんなに畏まらずに、どんな形でもいいから“越境学習”をした方がいいよって言ってます。それからもう一つ、社員には、「不知の自覚」、つまり“無知の知”を大事にしてほしいと言っています。知らないことを“知らない”と認められること。そして知らないことに興味を持てること。知らないことが一つ分かれば、また新たな知らないことが出てくる。その連鎖を楽しんでほしいんです。知らないことは、恥ずかしいことじゃないです。むしろ、それを認められない人ほど成長が止まってしまいます。仕事は与えられるものではなく、好奇心をもって自分で見つけにいくものです。
福岡から、日本の未来を築く
数あるセメント会社の中で、麻生セメントの強みはどこにあるんでしょうか?
いくつかありますが、一つは、田川工場の立地です。セメント工場は海沿いに設けられることが多く、原料や製品を船で運ぶ前提で設計されます。しかし、田川工場は福岡県のほぼ中心に位置する内陸型で、福岡市や北九州市にも近く、需要地に近い内陸工場は全国的にも稀です。海沿いの工場から船で運び、サービスステーションを経由してトラックでお客様へ届ける一般的な流れに対し、田川工場はトラックで直接輸送できるという強みがあります。もう一つは、福岡で長年培ってきた“無形の信頼”です。ただし、それに甘えるのではなく、品質やサービスといった“有形の価値”を磨き続ける必要があると社内では常に言っています。
麻生セメントは、福岡県内のセメントシェアが28%でトップだと伺いました。これって、全国的に見てもめずらしいことなんでしょうか?
全国シェアで見ると、当社は4%ほどです。ただ、47都道府県のうち、業界大手3社以外の企業がトップシェアをとっているのは福岡県だけだと思います。これは、社員にとって大きな誇りです。
地元に深く根ざしているのですね。社長から見た福岡の魅力は何ですか?
ほどよく都市機能があり、少し足を伸ばせば自然もある。これはなかなかない魅力です。私自身、東京へ出張に行くと人の多さに息苦しさを感じることがありますが、福岡はアジアに近く、最近は熊本の半導体産業の発展などをきっかけに九州全体が活気づいています。福岡は東京の縮小版を目指す場所ではなく、独自のポジションを取れる地域だと思います。麻生セメントは本社機能も製造機能も販売機能もすべて福岡県内に有しています。だからこそ、「九州から日本の未来を築く」という思いが、会社の誇りとして生きています。

就活生へ。「将来」を見て、会社を選んでほしい
最後に、就活中の私たちに企業選びのコツなど教えていただけますか?
正直に言うと、偉そうなことは何も言えません。私自身、大学4回生になって、ようやく真面目に大学に通ったような学生だったので(笑)。群れるのが嫌いで、協調性があるほうでもなかった。だから後年、同級生に「部長になった」と話したときも、「お前、人前で気の利いたことを話せるのか」と驚かれたくらい(笑)。社長になるなんて、自分でも想像していませんでした。
学生時代から、今のキャリアが見えていたわけではなかったんですね。麻生セメントを選ばれたのは、どんなきっかけだったんですか?
正直、ほぼ偶然です(笑)。エージェント会社から様々な企業が掲載されたボリュームのある会社案内が届いて、「麻生」が“あ”で始まるから先頭の方にありました。それで何の気なしに見たら、セメント会社なのに専門学校や情報システム会社、人材派遣会社をどんどん立ち上げていて、セメントよりも、その“多角化”に興味が湧いて入った。本当にそれだけです。でも、いろんな業務を経験させてもらいましたが、気がつけば36年間セメント一筋。知らず知らずのうちに、セメントという仕事に誇りを持てるようになって、好きになっていたんです。
ではそんなご自身の経験を踏まえて、私たち就活生にアドバイスをお願いします!
初任給の額などの目先の数字だけで会社を決めない方がいいと思います。初任給が高くても、その先で給与が上がらなければ意味がない。会社が今後成長しそうか、チャンスがありそうか、社風はどうか。「今」ではなく「これから」を見て判断した方がいいと思います。
入社前に、その会社で必要なスキルを準備しておくべきでしょうか?
技術系の仕事に就きたいなら、専門的な勉強は確かに大事です。それは就職にも有利ですしね。ただ、それ以外の職種なら、ビジネスの知識やスキルは入社後に十分身に付きます。だから入社前から“この会社用”にと身構えなくていい。それより、学生のうちにいろんな人と接して、視野を広げておくこと。アルバイトでも、遊びでも、何でもいいんです。入社のきっかけはどんなことでも構いません。大事なのは、入った後に自分なりの“やりがい”を見つけられるかどうかです。最初から正解を選ぼうとしすぎなくていい、と私は思います。
ごみをたべて、まちをつくる。
社会から“不要”とされたものを引き受け、私たちの暮らしを支える基礎資材へと変えていく。それがセメント工場のもうひとつの顔でした。
動脈と静脈。
1,450℃のキルンが、その両方を担いながら、福岡の地から日本中に“安心”を送り出していきます。
そんな会社の経営を担う林田社長が、取材の中で繰り返し口にされていたのは、
「IQより、EQ。」
そして、
「知らないことを、知らないと認められること。」
という、人と向き合う仕事のあり方についての言葉でした。
セメントというグレーの粉の向こうにあるもの。それは、石炭から白へと姿を変えた150年以上の歴史と、これからの社会を“現状打破”で支えていく人たちの姿です。
「あなたの街の安心をカタチに、九州から、日本の未来を築く」――。
麻生セメントの挑戦は、これからも続いていきます。